2022/07/24
大木毅(現代史家)
第二次世界大戦前、ドイツは親中国政策を取っていたが、ヒトラーの台頭により外交方針は大きく転換した。ヒトラーはなぜ「親日路線」に舵を切ったのか?
※本稿は、細谷雄一編著『世界史としての「大東亜戦争」』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
親中政策を取っていたドイツ
日本が米英をはじめとする諸列強との大戦争に突入する過程を考える場合、1940年の日独伊三国同盟で頂点に達したドイツとの関係が重大な要因であったことは論を俟たない。当時、ドイツはすでに対英戦争を遂行中であり、またイギリスの後ろ盾となっているアメリカとの対立を深めていた。
そのドイツと参戦条項を含む軍事同盟を結ぶことは、ヒトラーの側に立ち、米英と対決していくとの姿勢を打ち出したも同然であり、事実、三国同盟は、太平洋戦争への道における「引き返し不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)」となったのである。
こうした結果を知る後世のわれわれは、両大戦間期のドイツは最初から親日政策を取っていたかのように考えてしまいがちであるが、実態はその逆であった。
明治以来、ドイツに教えを乞いながら、第一次世界大戦ではイギリスに与して参戦し、極東の植民地をかすめ取った国。しかも、外国から資源を輸入し、工業製品を輸出するというドイツと同様の産業構造を有しているがゆえに、資源の確保と国際市場の占有においてライバルとなる。
ドイツの伝統的支配層の大多数が日本について抱いている認識は、このようなものだったとみてさしつかえない。
これに対して、もう1つの極東の大国である中国は天然資源に富み、原料輸入元として重要であると同時に有望な輸出市場でもあり、ドイツ経済に大きな影響を与え得た。したがって、ドイツの極東政策においても優先されるべき存在だったのだ。
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